マンションの神様

マンションのご「意見番」

マンションにはまれに「ご意見番」なる方が存在している。

マンション内に広く知られた“有識者”というようなポジションを確立し、管理組合活動に物申す人物である。

管理会社の担当者として、いわゆる「ご意見番」の存在は、少しメンドクサイ。なぜなら、理事長もいるのにご意見番の意向もうかがわねばならず、意思決定が複雑になるからだ。

その上、ご意見番は管理会社に厳しいのが一般的だ。

わたしが管理会社でフロント(マンション担当者)として勤めて間もない頃に担当したマンションにもお一人のご意見番が住まわっていた。

理事ではないが理事会に参加したり、マンション内で自治会を作って地域の自治会と連携したり、防災時の対策を検討したり、精力的に活動される高齢の男性だった。

監査資料の欠落と監事の激怒

このマンションで管理組合が決算を迎えた時のことだ。

マンション管理組合の決算は、管理組合の監事が会計書類一式に目を通して監査し、問題なければ監査報告書を理事会へ提出、理事会の承認を得た上で、総会で結果を報告することになっている。

監査の大元となる会計書類一式は、管理会社の決算担当者が作成するのだが、この時、この会計書類一式の中から貸借対照表が抜けていた。

未熟な新人担当者の私も、このミスに気づけず、書類をそのまま監事に手渡してしまった。

翌日、そのマンションの監事から私に電話がかかってきた。

かなりお怒りである。

総会延期?!資料の欠落であたふた

貸借対照表もないのに、監査しろとはいったいどういうことだ!!

馬鹿かお前は!今すぐに来い!というのだ。

電話の翌朝一番に、抜けていた貸借対照表を持参してお詫びにあがったが、監事の激高は収まるどころではなく、

「人の時間を何だと思っているんだ!決算は承認できない!謝罪文をマンション全戸に配布しろ!」と、怒号はマンションのフロア中に響き渡った。

とにかく謝罪文を書き、全戸配布し、さらに監事に謝罪と監査続行を懇願し、なんとかマンションの総会にこぎつけることができた。

「ご意見番」は神様だった?

監事の剣幕に圧倒された私は、貸借対照表欠落の不備について、総会でもひと悶着あるのかと不安なまま総会の朝を迎えた。

開催を告げるわたしの挨拶の直後、マンションのご意見番から、

「ちょっと待った。」の声がかかった。

「全戸に謝罪文が入っていたが、どういうことか先に説明してほしい。」

というのだ。

まずは同席していた上司と二人で頭を下げてお詫びし、経緯を説明した。

「それで、決算には不備があったの??」と、ご意見番が尋ねた。

「いえ会計業務には、不備はなく、監事には監査承認書をいただきました。」と答えると、ご意見番は、

「問題がなかったの?じゃあ、今後は気を付けて。総会を進めて。」とおっしゃったのだった。

その後、総会は拍子抜けするほど粛々と進んだ。

総会終了後、上司から、

「あのご意見番がピンチを救ってくれたんだよ。総会の冒頭で釈明の機会を与え、その話を終わらせてくれたのは、あのご意見番の優しさだったんだよ。」と言われたとき、わたしはハッとした。

疎ましくさえ思っていたご意見番に、後光を見た瞬間だった。

当時その優しさに気付く余裕さえなかったわたしは、今、少しは成長しただろうか。

掲載:株式会社ビル新聞社

あとがき

 このコラムを書いた後で、この「ご意見番」は、わたしが幹事役の理事からひどく罵倒されていたことをどこかで見聞きしていたのかもしれないなと、ふと思いました。

混乱のさなかで、目の前のことに対応することで精いっぱいだったのですが、思い返すと、見えないところで、ずいぶん沢山の方に支えられながら仕事をしていたのだなと気付きます。

 コラムを書くことで、その頃に伝えられなかった感謝を文字にしてます。

関連コラム

理事長選出のドタバタ劇「理事長選任のトホホ」

管理会社を変更することも一つの手段「管理会社を自分たちで選ぶ」

初回ご相談は無料です